闘病記2008 其の五

 ――痛みが生きている証だとするならば、私は今人生の絶頂期にいるのかも知れない。














 最初の感覚で逝ったと思った。
 私の最大の落ち度。ソレはセキという物をあまりに軽んじていたことだ。


 所詮は風邪の置きみやげ。



 適当に放って置けば治る。


 そんな甘い感覚で接していた。だから出したいだけ出させてやった。
 そうすれば体内のウィルスもいなくなるし、喉もスッキリする。腹筋も引き締まって一石三鳥だ。
 ベッドで横になってすぐに眠ることは出来ないが、セキをし続けて疲れれば自然に寝入っている。まぁ気長に付き合っていくさ。

 そう考えて好きなだけセキこんでいた。










 例え、どんな無理な角度からでも。











 右腕を下にした状態から仰向けの体勢へと変える寝返り中。
 約45度の角度で体が布団から離れている時。











 思いきりやった。











 内側で何かビキッと音がしたような気がした。






 ヤバい……。






 眠気は一気に覚め、悪寒と後悔だけが身を包む。





 しかしそんなことはお構いなしにセキは出続ける。
 そのたびに胸の奥が鳴き声を上げる。
 声は徐々に大きくなり、やがて悲鳴へと――




 だが、まだ少しは余裕があった。



 なんとか眠りにつけるだけの余裕はあった。


 より具体的には『ザ・ワールド!』を出来るくらいには余裕があった。


 ライフワークを邪魔しない程度には平気だった。
 
 そして日が経つに連れ状況は変わり始める。












 良い方向に。













 金曜日。
 痛みはかなり落ち着いてきていた。
 市販のセキ止めを五種類くらい試したり、湿布薬を六種類くらい貼り替えたりして。
 諭吉が一人お亡くなりになったが、ソレだけの価値はあった。















 だからを飲んだ。

















 快方祝いにと二週間ぶりの酒を楽しんだ。








 そして翌日の土曜日。













 事態は好転した。












 調子は更に良くなった。
 痛みもセキも殆どない。

 私は確信する。













 もう治った、と。

















 だが当然油断はしない。


 薬はきちんと飲み続ける。
 そしてこの三連休、大人しくしていれば、火曜日には確実に全快しているはず。
 そう、ついに長かった闘病生活にビリオド――










 が、土曜日の夜。









 事態はまたも急転する。









 突然セキが酷くなり始めた。あまりの猛威で眠れない程に。
 セキ止めも効かない、痛み止めの効果も薄い。
 はっきり言ってどうしようもなかった。
 そして結局、眠りについたのは午前四時だった。



 日曜日。昼前に目を覚まし、速行で身支度を整える。
 向かう先は当然病院。
 とにかく強い薬を。とにかく強い痛み止めを、セキ止めを。
 が、

















『23、24日は休診させて頂きます』















 やられた……。




 そして私は確信する。

















 ウィルスは知的生命体である、と。















 待っていたのだ。この時を。
 息を潜めてただじっと。
 自分の力が最も効果的に発揮できる時を。


 また子供の頃のことを思い出す。
 病気になった時。
 薬剤師であった母が近くにいてくれる間は平気なのに、母が仕事に出かけた途端症状が悪化した。

 改めて断言しよう。

















 ウィルスは女神の浮かべる狡猾な微笑みである、と。
















 そして地獄の二日間が始まった。
 もう何をする気にもなれなかった。
 私に出来ることと言えば、せいぜいゲームに没頭して気を紛らせることくらいだった。
 幸い、その試みには成功した。
 まさかこの年になって、夜明け近くまでプレイし続けていられるとは思わなかった。












 病状は深刻だった。












 火曜日。
 会社で『アバウト・ミー』に、定時の三十分前に上がって病院に行く旨を伝えた。
 すると、

















「ソレ、あばらヒビいってんじゃない?」
















 直球ド真ん中。

















 コイツ……必死に考えまいとしていたことを平然と……。

 《続く》

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