筆を折ろうかとも思いました

 ――『ジェシー』が逝った。

 五年間ずっと一緒だったのに。

 片時も離れたことはなかったのに。

 そう言えばお前と出会った時はまだ寮生活だったね。狭くて汚くて薄暗い寮の中で、お前と向かい合っている時だけがオアシスだったよ。

 自室から世界を見せてくれたのはお前が初めてだったんだ。あの時は本当に感動したなぁ。

 でもトラブルも色々あったね。

 お前は生まれつき体が弱くて、すぐに口が聞けなくなったり、何も食べてくれなくなったり、時には完全に凍ってしまったこともあったね。もう数えきれないくらいね。

 ふふふ、いやぁ、こうしてみると五年なんてあっというまだったなぁ、ふふふ……。
 











 ――って思い出に浸ってる場合じゃねえええええぇぇぇ!




 PCに名前とか付けて現逃してる場合じゃねええええぇぇぇぇぇ!












データ! 小説のデータ!














 プロットとか『死神』の年表とか第1部からの伏線とか! あとエロ(ry
 もうぶっちゃけ『ジェシー』の体は良いから、お前の脳味噌だけでも返してくれ!
(鬼畜)















 ああ確かに浮気しようとしてたさ。
 お前を使って別の女を探していたさ。
 けどそれでも俺はお前を使っていこうとしてだな……。











 閑話休題。











 えー、とにかく。一番の問題点はBIOS設定の画面すら立ち上げられないことにあります。本来ならオーバークロックしてしまった設定を元に戻せば解決するはずなんですが、設定変更さえさせてくれません。電源を入れた瞬間、二、三回アクセス音が聞こえてそのまま沈黙。モニターは当然真っ暗のまま……。
 ちょっと前まではウルサイくらいにカリカリ言ってたのに……。

 もはやソフト面での解決は不可能。
 ならばハード面でなんとかするしかありません。

 すなわち、PCの中身を開けてマザーボードをいじるしか。

 この時点ではまだ、本当に解決法があるのかどうかすら定かではなかったのですが、絶対に何かリセットスイッチがあるはずだと思っておりました。
 だってPCのハードをいじって壊したんならともかく、ソフト的な変更を加えておかしくしなったんですから。それも自分で数値を入力したのではなく、予め用意されている選択肢をチョイスしただけなんですから。

 言ってみれば、医者から出された飲み薬を、用法用量を守らずに一気飲みして具合が悪くなってしまった。
 そんな状況なんですよ。
 別に外科手術したわけでも、他の市販薬と混ぜて飲んだわけでもないんですから、リカバリーはそんなに難しくないはずなんですよ。

 テストで言うところ60点くらいな感じ。
 だったら合格ラインギリギリじゃないですか。補習受けなくったって、真面目に授業受けていれば80点くらいには到達できるはずなんですよ。

 ……まぁそんな論理のすり替えをしつつ、『ジェシー』の外部装甲をパージ。内部ユニットを覗いてみると……。
















 ワケ分からん。
















 開ける前から分かっていたことですが、開けたところでやはり変わりませんでした。
 もー、虫みたいに細かい部品がびっしり。腹腔細菌を顕微鏡で覗いたみたいな感じ。
 が、一つだけ知っている部品が。












 ソレはメモリー。












 これは『ジェシー』を購入する時に256MBから512MBに増設して貰ったから覚えてました。二枚仲良く並んだ緑色の縦長カードを。









 そこで閃き









 今回のトラブルの原因はクロック数をいじったことにあると思われるが、もしかするとVRAM容量を増やしたことにも起因しているかもしれない。
 なら、メモリーからVRAM容量を借りてきている設定(*)の『ジェシー』であれば、メモリーをリセットすることで解決するかもしれない。

◆◆◆◆
 (*)本来、ビデオカードがささっていればそこから独立してVRAMが供給されるが、『ジェシー』にはささっていないので、メモリー容量を分けて貰って擬似的にVRAMとして使用している。
 例えるなら、本来は部下がやるべき仕事なのに、その部下が一人もいないので、しかたなく自分で手を動かしている状況。当然、精神的余裕はなくなっていく。
◆◆◆◆


 が、分かり易いリセットボタンがあるわけではない。
 ならば取り外すしかない。そして再装着するしかない。

 狭い場所に手を伸ばし、二枚のメモリーカードを取り外す。











 外れた。













 そして戻す。














 戻らない。














 行き~はよ~いよ~い、帰~り~は恐~い~

 戻す時に要求される角度がきつく、なかなか上手く刺さってくれない。
 しかたなく少し力を強くして――


















 ぱきっ

















 ……。















 ……ふ。

















 うふふふふふふふふふふふふふふ。

















 『ジェシー』……お前は本当に期待を裏切らないなぁ……。



















 一機死にました。
















 受け入れ側の金属端子が、なにやら変な方向に曲がっています。

















 再起不能。
















 そういった事実をうけ、もう一機の方は極めて慎重に。ちょっとでも抵抗があったら、角度を微調整して、十五分ほど試行錯誤して、なんとか入れました。









 そしておもむろにスイッチオン!











 貴い犠牲はあったがコレで『ジェシー』が目を覚ましてくれるのなら……!



















 沈黙。


















 ルールルルー、ルールルルルルー……。

 そうか。
 もう無理なんだね。
 関係を修復することはもうできないんだね。
 もういくら叩いてみても、大声で呼び掛けてみても、力一杯振って揺すってみても(決してマネしないでください)、君の声を聞くことはできないんだね。










 分かった。じゃあもういいよ。
 スッパリ諦めるよ。
 ボクは新しい女性と一緒に新しい人生を歩むよ。
 そうと決まれば話は早い。










 俺のブレインメモリーに残っている情報を全て書き出す!

 プロットやら何やらをできうる限り完全な形で再現する!

 俺ならできる! きっとできる! 執筆を愛してやまない俺なら……!















 そして二時間後。



















 無理でした。



















 アルツの進行著しい私のドタマでは、半分どころか四分の一も思い出せませんでした。
 この時はもう『玲寺は見た!』を書き上げていたので、執筆途中のデータが飛ぶということはなかったのですが、『してくれますか?七作目』のプロットが死んだのは痛い……。
 登場人物が結構多くて、内情が複雑に絡み合っていたので、何をどう考えてその結論至ったのか思い出せない……。
 なにより『死神』の伏線が全て飛んだのが最も痛い。
 『してくれますか?』のプロットはまだ最近のことなので、時間を掛ければ思い出せるかもしれませんが、『死神』の方は0~3部、そしてサブストーリーに至るまで、色んな所で伏線を張って、後で回収しようという物を書き溜めていたので、ソレがなくなってしまったのが痛すぎる。
 3部を書き終えた時点で4部の結末をメモっていたのですが、そんな大昔のこととても思い出せない。
 “逃した魚は大きい”じゃないですが、アレより納得のいく結末を思い付く自信もない。






 これはひょっとして……『死神』中断か……?





 なんて思考が頭をよぎり始めた頃、すでに夜中の一時を回っていたので、急いでシャワーを浴びて就寝。






 で、次の日。
 会社のPCから昼休みに書いたのが三つ下の記事というワケでございます。投稿時間に注目。
 この時はホントに余裕がなくて、途方に暮れていた……。

 が、ネットで調べていると、私と似たようなバカをした人達が何人もいたのです。

 《つづく》

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